コラム
スターサージカル事件判決と公益通報者保護法改正

本年12月1日に改正公益通報者保護法が施行されます。公益通報者保護について改めて理解しましょう。
会社の不正を知った従業員が、社内の機密資料を持ち出して警察に通報した場合、会社はその従業員に損害賠償を請求できるのでしょうか。
令和8年(2026年)9月3日、東京高等裁判所で注目すべき判決が言い渡されました。
■社内資料を持ち出して警察へ通報
事案は、医療機器販売会社スターサージカルの元社員が、同社と公立病院の医師との間の贈収賄に関する情報を第三者に提供したことから始まります。訴訟では、報道機関に情報提供したかどうかが争われましたが、同事実は認定されず、捜査機関に対する情報提供がなされたことのみが認定されています。
元社員は、令和3年、医師との契約書などを含む社内資料を私物のUSBメモリに保存して社外に持ち出し、弁護士に依頼して警視庁に告発状を提出しました。その後、他の警察にも情報提供を行い、最終的には大阪府警が会社関係者と奈良県内の市立病院の医師を書類送検し、令和5年には医師に有罪判決、会社の元代表者らに略式命令が出されました。
一方、会社は、元社員による機密情報の持出しなどを理由として同人を解雇するとともに、約4788万円の損害賠償を求める訴訟を提起しました。
■東京地裁・東京高裁はいずれも会社の請求を認めず
一審の東京地方裁判所は令和7年(2025年)12月19日、会社の請求を棄却しました。
東京地裁は、元社員が会社の贈賄罪に該当する行為を捜査機関等に通報する目的で社内資料を保存・持ち出したと認定しました。
興味深いのは、別件残業代訴訟等の証拠資料を探すという目的で社内資料を探索していたところ会社の贈賄罪に該当する行為を立証できる資料を発見したため通報に及んだ可能性や、元社員に会社や上司に対する反感があったことから通報に及んだ可能性についても検討されている点です。東京地裁は、公益通報では純粋に公益目的だけで通報されることを期待するのは現実的ではなく、会社等への反感が動機の一部に含まれていたとしても、そのことから直ちに違法性の阻却が否定されるものではないと判断しました。
その上で、資料の持出しについて違法性が阻却され、不法行為や雇用契約上の債務不履行には当たらないとして、会社の損害賠償請求を退けました。
そして、令和8年(2026年)9月3日、東京高等裁判所もこの一審判決を支持し、会社側の控訴を棄却しました。東京高裁も、元社員が刑事責任を追及する目的で捜査機関に情報提供しようとして社内資料を持ち出したとの判断を維持し、その違法性は阻却されると判断しています。
■「公益通報なら資料を自由に持ち出せる」わけではない
もっとも、この判決を「公益通報であれば、社内の機密資料を自由に持ち出してよい」と理解するのは適切ではありません。
本件では、実際に贈収賄に関する捜査・刑事処分につながったことや、元社員が捜査機関への通報という強固な目的を有していたことなど、具体的な事情を踏まえて判断されています。したがって、資料の内容、持出しの目的や必要性、通報先、持ち出した情報の範囲などによっては、別の結論となる可能性があります。
企業側として重要なのは、従業員による情報持出しが判明した際、単に「機密情報を持ち出した」という一点だけで直ちに懲戒処分や損害賠償請求を行うのではなく、その行為が公益通報に当たる可能性を検討する必要があるということです。
■本年12月から公益通報者保護法が改正
そして、本年12月1日から改正公益通報者保護法が施行され、通報者保護はさらに強化されます。
今回の改正のポイントの一つは、公益通報を理由とする解雇・懲戒に対する規制の強化です。
公益通報後1年以内に解雇または懲戒をした場合には、その処分が公益通報を理由としてされたものと推定する制度が導入されます。これにより、一定の場合には会社側が「公益通報とは別の理由による処分である」ことを立証する必要が生じます(立証責任の転換)。
さらに、公益通報を理由として解雇・懲戒をした者については、6月以下の拘禁刑または30万円以下の罰金という刑事罰が新設され、法人にも3000万円以下の罰金が科され得ることになりました。
■「通報者探し」も禁止へ
改正法では、会社が正当な理由なく、従業員等に対して公益通報をしない旨の合意を求めるなど、公益通報を妨害する行為が禁止されます。
さらに、正当な理由なく、公益通報者を特定することを目的として探索する行為、いわゆる「通報者探し」も禁止されます。
内部通報があった場合、「誰が会社のことを通報したのか」を探すのではなく、まず「通報された事実が本当なのか」「会社として是正すべき問題がないか」を調査する姿勢が、これまで以上に重要となります。
また、今回の改正では、業務委託関係にあるフリーランスや、業務委託関係が終了して1年以内のフリーランスも公益通報者として保護されることになりました。
■中小企業も無関係ではありません
常時使用する労働者が300人を超える事業者には、公益通報対応業務従事者の指定や内部公益通報対応体制の整備が義務付けられています。改正法では、この従事者指定義務に違反した300人超の事業者に対する命令制度や、命令違反に対する刑事罰なども新設されます。
一方、300人以下の事業者については、体制整備等は努力義務ですが、「中小企業だから公益通報は関係ない」ということではありません。
内部通報を受けた際の担当者を決める、通報者の秘密を守る、通報者に不利益な取扱いをしない、通報者探しをしない、通報内容を客観的に調査する、といった基本的なルールは、企業規模にかかわらず整えておくことが望まれます。
■まとめ
公益通報は、ときとして会社にとって耳の痛い情報です。しかし、重大な不正が外部に発覚する前に、自社で問題を発見し、是正する機会でもあります。
改正法の施行を機に、内部通報規程や相談窓口、調査体制を改めて確認し、経営者や管理職にも公益通報制度について周知しておくことをお勧めします。
「誰が通報したのか」ではなく、「何が通報されたのか」。
この視点が、通報者を守るだけでなく、企業自身を重大なコンプライアンスリスクから守ることにもつながります。消費者庁は改正法対応のハンドブックや内部規程例なども公開していますので、参考にしてください。
以上
関連記事
メルマガ登録
弁護士が執筆するコラムを、メルマガでも配信中。
実務に役立つ法律情報を、あなたのメールに直接お届けします。
メールアドレスを入力して
お申込みください。